〜「好道力」がすべて〜

主な芸能活動

 
浅草松竹演芸場出演写真

 

写真:1968年(17歳)お笑いバンド「ファンキーキャッツ」浅草松竹演芸場にて

 
当時はお笑いブームでその主役は「コント55号」。同時期に「GTフォー」という名前で活動していたが、「ファンキーキャッツ」に改名。名付けの親は「クレイジーキャッツ」のリーダーハナ肇さん。その甲斐あって、寄席番組や「お昼のゴールデンショー」(フジテレビ)など、テレビ番組も増えていった。


大正テレビ寄席出演写真

 

写真:1975年(24歳)コミックバンド「ブラックジャック」を結成。「大正テレビ寄席」公開放送

 
所属した佐藤事務所には、東京ぼん太や牧伸二、ドンキーカルテット、泉ピン子などがいて、当時のお笑い界ではかなり「力」のあるプロダクションで、数々の寄席番組に出演した。牧伸二司会の人気番組「大正テレビ寄席」では、「じゃんけんコーナー」にレギュラー出演していた。


お笑いスター誕生出演写真
 

写真:1981年(30歳)青山三丁目バンドを結成。日本テレビ 「お笑いスター誕生」収録風景

 
コミックバンド「ブラックジャック」を脱退し「青山三丁目バンド」を結成。新しいタイプのコミックバンドを追求。ライブハウスを中心に活動していたが、所属事務所の意向もあり「お笑いスター誕生」に出演することになったのだが、事務所と求める笑いの方向性が違い悩んでいた。


ビートたけしとのレコーディング風景
 

写真:1983年(32歳)「だいじょうぶマイ音頭」発売。レコーディング風景

 
時はバブル真っ最中、ワンレンボディコンお姉ちゃん、数々の武勇伝。「青山三丁目バンド」→「ビートたけしと足立区バンド」→「シークレットポリス」。ザ・芸能人だった頃、いろんな事件ありました。人生のターニングポイントでしょうか?天才と同じ時を過ごし、物事の価値観が変わりました…。


冗談画報出演写真
 

写真:1988年(37歳)「SMP」を結成ライブ活動。フジテレビ 「冗談画報」収録風景

 
プロモーションビデオやCM音楽などのスタジオワークの傍ら、SMP(サンプリングミュージックパフォーマンス)をライフワークとして活動。新宿のライブハウスやフジテレビ「冗談画報」などに出演。プロダクションやレコード会社からもすぐに契約したいと言わせる程のコンセプトバンドだった。


 

英二クラーク像イラスト
このページの先頭へ 

Copyright 2017 fujikawasan.com All Rights Reserved.